昭和42年7月30日 夜の御理解
昨日、昨日一昨日、昨日の晩ね、昨日の晩、夜中どうも気に掛かることがございましたから、又、改めて御神前に出らしてもらいました。そん時にいろいろと頂きました中に、こういうことを頂くんですよね。皆さんはご承知じゃないかも知れませんが、あの昔は、役者の似顔絵なんかを描きました。錦絵というのがございました。トヨクニ描くとこの何代目の幸四郎でしょうか、非常に有名な俳優がおりました。この人はもう有名なその鼻の高い人、鼻高幸四郎という知名があった。
その似顔絵なんかでも、それはもう素晴らしいですね。私、それのあらゆる色々な、その鼻高幸四郎の似顔絵を見せて頂いたことがございますが、その舞台姿の素晴らしかったことですね。それはもう鼻はびっくりするくらい高い。ですからそのイ知名、鼻高幸四郎と言うて、皆呼んだくらいだったそうですけども、役者は素晴らしかったらしい。同時にその鼻が高いということが舞台での、舞台姿というものが、もう絶品といわれるほどだったそうですね。
その鼻高幸四郎の錦絵の似顔絵を頂いてから、頂くことがね、そのお前が丁度、その鼻高幸四郎のようなものじゃというようなことを頂くんですよ。これはどういうことかと言うと、私にはもう本当に、一番慢心の強い男だとこう、仰ったとだったんと思うですね。鼻を高くするということは、この慢心ということです。けれどもその慢心ではありますけれども、それが素晴らしいのですね。言うならば、素晴らしき慢心とでも申しましょうか。一つ間違えばだから「慢心は大怪我の元」というような大怪我になる代わりに、それが眞、信心でおかげを頂いて参りましたら、それこそ鼻高幸四郎の舞台姿が絶品といわれるようにです。素晴らしいんですね。
これは私、以前もうこの松本幸四郎ということを頂いたことがありますけれども、私のことを確かにまあ、小倉の桂松平先生、久留米の石橋先生、甘木の安武先生などという方は、もう幸四郎の幸、幸い、真実、本当の幸せ、上から見てもどこから見ても幸せ、誰が見ても本当にあれだけの大徳を受けられたら、あれが人間の真実の幸せの姿であろうというような、大徳を受けられた。まあ言うならば私達なら幸四郎、父は、四代目、まあそういう徳にでも進ませて頂けということだろうと思う。
私が甘木やら石橋先生あたりのように、徳を受けておるとは思われませんからね。所謂、その九州で言うならば、所謂この三松といわれた先生方の大徳というものは、皆が知っておる通りでございますがです。そういう徳にもです、お互いの信心一つじゃ進まれんことはないぞ。その幸せをその徳を代々受け継いで四代目のお前にならして頂けるくらいのね、言うなら、信心の上の四代幸四郎というようなことにでも、ようなおかげを受けよというのは、神様が私に対するところのまあ、願いでもあろうと思う。同時に私も思うのです。もう私は安武先生、石橋先生または小倉の桂松平先生。ならそれより上の徳はないのか。ある。ね。
私はこんないわば慢心げなことを申しておりますけれども、私がこういう、慢心げなことをこうしてお話をしておることを、恐らく今、申し上げました私どもの先輩、先達そういう大徳を受けられた先生方の御霊様が、もしお聞き下さってあるのなら、もう微笑ましいことだとな、そういうことだけじゃない。
私達の信心をもし踏み台にして、そして一段と輝いた徳を受けてくれることは、先生方の願いでもあろうかと私は思う。俺より上になるとか、怪しからん奴じゃなどと言うことはない。この方のことを生神、、生神というがと仰るその、所謂、生神という境地があるのですから、この方のことを生神、生神というけれども、皆もこのようなおかげが受けられる。此の方がおかげの受け始めであって、皆もこのようなおかげが受けられる。生神とはここに神が生まれるということであってと、教祖の神様が私どもに生神になる道を教えておられるのであるから、私どももそこを目指すことが本当。けれども神より上になると思うな、これはもう大切。
ね。最高。ね。言うなら、完璧とでも申しましょうか。完璧の所謂、お徳というその上にまで、なろうと思うな。けれどもやはり教祖の神様が示しておって下さっておるところの生神という境地には、お互いが誰でもおかげが受けられるんだと仰っておられるのであるから、私は願いをそこに置いておる。
ために例えばその修行がです、場合には、もう本当に忍びないような犠牲を払うようなことがあってもです、それは何というかね、がめついかんにゃいかん。私はそう思うね。言うなら徳の亡者である。これでお徳が受けられるなら、人がよし笑おうが謗ろうが、それは苦しい、悲しいことであってもです、私がそれを徳が受けられるというなら、私はそれを頂きたいと思う。忍びたいと思う、というようにです、言うなら私と生神さまになるんだと、いうような願いを持っておるということがです、私は鼻高幸四郎ということじゃなかったかとこう思うんです。
言うならば、だから私、素晴らしき慢心だとこう思うんです。ですからここにも難儀があっても、どんなに悲しい突破なことが起こっても、苦しいことは苦しい、悲しいことは悲しいけれども、それを無駄にしてはならない。それを私は、自分の徳の根肥やしにしていかなければならないと、いつもそれを私は思う。
私はいつも言う。本当に日本一になりたいと思う。あれやこれや等で日本一になることは、なかなか出来ませんけれども、本当に有難いという人。日本一、有難い人。私のような馬鹿でも私はなれる。いやその気になれば、ですからそこを目指していくのである。
ね。日本一有難いということになったら、どんなに素晴らしいことだろうかと、自分で思うただけでも、心が踊る感じがする。有難いなあ、勿体ないことじゃなー、これがいい暮らせれるという。私は心境なんです。そういう心境を目指して、私がおかげを受けておると言うことがです、神様の目からご覧になれば、鼻高幸四郎に見えることじゃなかろうかとこう思う。
ね。私の舞台姿というものが、そんなに素晴らしいとは思われない。まあ私とゼンダイイチミ?の姿というものが、そんなに素晴らしいとは思えないけれども、それをやはり目指す。だから聞きよう、見ようでは、本当に大坪という人間はまあ何というその、馬鹿じゃなかろうか。誇大妄想教じゃろう。本当に言われるじゃなかろうと私ですら、時々それを思うことがあるのです。
先程、今、御祈念にかからして頂く前に、久保山茂さんがお届け、お届けされるんです。先生あのこういうようなお夢を頂きました。お夢の中にあのお父さんね。久保山豊先生の御霊がね。茂とおっしゃる、茂、茂、あの私に眼鏡を買うてくれんか。玉を親先生が持っちゃるもんねと言わっしゃる。私はそれを聞かせて頂いてから、何か本当に身がなんか、ズットウするような思いが致しました、ね。
私どもの願いとするところの、本当の信心を高めるということは、もうこの世だけじゃないのですよ。あの世でも一段とまた、御霊の位も輝くような、お徳に進ませて頂きたいと願う者は、私どもの止むに止まれぬ信心の向上というか、ね。信心をいよいよ進めていきたい、いう者の願いでなかなければならんのですから、御霊としてのおかげを頂きましても、これで良いと久保山先生の御霊は思うてはおらん。もう一段、高度の信心を頂きたい。もう一段、徳を受けたいとこう思うておる。それには、私だけの信心じゃではいかんのじゃ、茂、お前の信心が必要なんだ。どうか私に、眼鏡を買うてくれ。その眼鏡の玉を親先生が持ってあるとこういわっしゃった。
先生があのような事故に遇われた時に、私はあの当時に聞いておられた方もあろうと思いますけれども、事故に遇われたあの、現場のあそこで、御祈念させて頂いた時に、久保山豊、肉眼から心眼へ、あそこでおかげを受けた。あの瞬間、自分の肉眼から、肉眼で見ておった世界から、心、心眼の心を開かせてもろうて、信心する者は肉眼をおいて、心眼を開けと仰る。ね肉眼で見ればそれは難儀なことであるけれども、心眼を以てすれば、有難いことなのだね。 そこに人間の幸せがあるでしょう。本当のことが分からせてもろうたら、腹の立つと思うておったことが、かえって有難いのである。悲しいと思うておったことが、成程、生身を持っておるから悲しいことは悲しいけれども、よくよく肉眼をおいて、心眼、心の眼をもって、霊眼をもってするとです、それは有難いことであり、天地の親神様の所謂、止むに止まれん親神様の思いの現れなのである。
どうでも肉眼をおいて、心眼を開かなければならない、ね。どちらかというと、久保山先生は、肉眼をおいて心眼を開くというタイプではなかった。どこまでも頭でいっぺんコネ上げなければ出来ないことであった。私が言うことでも、いつもそれを実証的に、実証的なものを見せんと成程と合点する人じゃなかった。というほどに教学的だったと言うことなんです。ね。で私申しよりました。先生はあんなこて、そのもう肉眼から心眼を開いた途端に、やっと親先生が言いござったが、あれが本なことじゃったとようやく亡くなってから思い知ったことで、思い知ったということは可笑しいですけど、分かったことであろうと、私はあの当時言いよりました。
のう、?先生、私が言いよった通りじゃろうが、御霊様にも、そういうような調子で私は話し掛けたものでした。そんなこっちゃ、先生、そんなこっちゃじゃろうかと、ちゅうようなその考え方でいつも、頭を下げられなかった。あの世この世を境とする時にです、翻然として肉眼から心眼を開かれた。ここは場だというなら、ここはあそこを通るたびに、御礼を申し上げて通らなければならない場だというような意味のことを頂いたことがございます。それとてもですね。もう一段、徳を進めようて思うておるということなんです。
私は先日、お供えに頂きました眼鏡は、金額も一万七千五百円ですかね、でしたか、金縁眼鏡。それだけでも素晴らしいですけど、玉が素晴らしい。ね。今まで私どもはこう老鏡をはめておったんですけども、向こうを見るときに、ごげいにのかさんにゃいけなかった。ところが、今度、厳密に検査をしてもらった結果、私のは近視と老眼と乱視と三つあることが分かった。だからあの玉をです老眼、近視、それから乱視をですね。それを三つのものが、あれをかけても見えるように出けておるレンズ玉なんです………途中切れ